黄金の獅子か、山の獣か。二つの「しし」が踊る日本の冬

地名と風土のひみつ

窓を叩く風が、少しずつ春の匂いを混ぜ始めたような気がします。東京の街角でも、時折どこからか小気味よい太鼓の音が聞こえてくると、ふと足を止めて聞き入ってしまいます。

こんにちは。東京のワンルームで、地方の古いお祭りや伝統芸能の動画を眺めながら、「いつか本物を見に行きたいな」と空想を膨らませている『まほろば便り』の筆者です。

お正月やお祭りの定番といえば、頭を「パクッ」と噛んでくれる、あのお騒がせで愛らしい存在。そう、「しし舞」ですよね。でも、皆さん、不思議に思ったことはありませんか?

ある場所では「獅子舞」と漢字で書かれ、別の場所では「鹿舞(ししおどり)」や「猪舞(ししまい)」と、違う字が当てられていることを。

実は、日本の「しし」には、シルクロードを渡ってきた百獣の王の系譜と、日本の深い山々に息づく野生動物の系譜、二つの物語が流れているんです。

今日は、似ているようで全く違う、二つの「しし」のルーツを巡る旅へ、一緒に出かけてみましょう。

シルクロードの王と、日本の山の神。それぞれの「しし」の由来

「しし舞」という言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべるのはどんな姿でしょうか。おそらく、赤い顔に金色の目、大きな口をカチカチと鳴らす、あの勇壮な姿ですよね。

外来の「獅子」――ライオンという憧れ

漢字で書く「獅子舞」のルーツは、はるか遠く、古代インドや中国にあります。かつてシルクロードを通り、日本に伝来した「ライオン」のイメージです。

当時の日本人にとって、本物のライオンは見たこともない未知の猛獣。ですが、その圧倒的な強さは「邪気を払い、福を招く聖獣」として、信仰の対象となりました。これが、飛鳥時代から平安時代にかけて、宮廷行事や寺院の法要などで舞われる「伎楽(ぎらく)」や「舞楽(ぶがく)」へと発展していきます。

伊勢大神楽(いせだいかぐら)のように、二人一組でひとつの大きな獅子を演じる「二人立ち」のスタイルは、この外来の獅子の系譜を色濃く残しています。

日本の「しし」――山に住む獣たち

一方で、ひらがなで「しし」と書くとき、古来の日本では「鹿(シシ)」や「猪(イノシシ)」、つまり食用となる四つ足の獣全般を指していました。

古くから日本人は、深い山に住む動物たちを「山の神の使い」あるいは「山の神様そのもの」として崇めてきました。東北地方で今も大切に守られている「鹿踊(ししおどり)」などは、こちらの系譜です。

こちらは、ライオンのような空想上の生き物ではなく、実際に自分たちの隣に生き、ときには命の糧(肉)を与えてくれる実在の動物への、感謝と鎮魂の思いから始まりました。一人ひとりが頭を被り、太鼓を抱えて踊る「一人立ち」のスタイルが多いのが特徴です。

地域に根づく「しし」の誇り。各地の事例と言い伝え

同じ「しし」でも、北と南、あるいは山と街で、その役割は驚くほど異なります。

岩手の「鹿踊(ししおどり)」――鎮魂と供養のステップ

岩手県を中心に伝わる鹿踊は、頭の上に大きな「ささら」と呼ばれる竹の飾りをつけ、激しく体を揺らして踊ります。
伝承によると、ある猟師が撃ちとった鹿の霊を慰めるために始めた、あるいは、亡くなった家族の供養のために動物たちが踊り狂った姿を模した……など、どこか切なくて優しい「祈り」が込められています。

彼らが踏みしめるステップは、大地の悪霊を鎮め、魂を安らかに送るためのもの。ひらがなの「しし」には、この世よあの世の境界線を見守るような、深い情愛が宿っているように感じます。

都会の「獅子舞」――賑わいと厄除けのシンボル

一方で、関東などでよく見られる「獅子舞」は、もっと明るく、華やかなお祝いの色が強いものです。
お正月になると、お囃子(はやし)とともにやってくる獅子。子供たちが泣き叫ぶ中、頭を噛んでもらう光景は微笑ましいですよね。あれは、獅子がその子の「悪い気」を食べてくれるという、最強のデトックス(厄除け)なんです。

街中の獅子舞は、商業の繁栄を願い、コミュニティの活力を高める役割。漢字の「獅子」は、太陽のようなエネルギーで、人々の沈みがちな心に喝を入れてくれる存在なのかもしれません。

東京の夜、鏡の前で。私の中の「しし」を探して

さて、ここで少し、私の独り言にお付き合いください。

東京で一人、パソコンの画面に向かっていると、時々自分の心がカサカサに乾いていくのを感じることがあります。誰にも会わず、ただタスクをこなすだけの一日。そんなとき、私はふと「しし」たちの踊りを思い出します。

憧れの「獅子」になりたい日

強くて、誇り高くて、どんな悪いものも追い払ってくれる金色の獅子。

仕事で大きなプレゼンがあるときや、自分に自信が持てないとき、私は心の中に「漢字の獅子」を召喚します。

背筋を伸ばし、顎を引いて、「私を噛むような災難は、全部私が食べてやる!」というくらいの強気な姿勢。外来の獅子が持っていた、圧倒的なパワーに勇気をもらうんです。

 山の「しし」に癒やされたい夜

でも、夜寝る前、一日の疲れがどっと出たときは、東北の「ひらがなのしし」に寄り添いたくなります。
誰かの悲しみを一緒に背負い、大地を踏みしめて鎮めてくれる、優しい獣たち。

「今日もお疲れ様。よく頑張ったね」と、自分自身の小さな頑張りや、失ってしまったものたちを、静かに供養してあげる時間。

都会に住む私たちにとっても、この二つの「しし」は、心を守るための二つのスイッチのような気がするんです。

強くなりたいときの「獅子」と、自分を慈しみたいときの「しし」。そう思うと、あの奇妙な形をした被り物たちが、なんだかとても親密な存在に思えてきませんか?

ユーモアを忘れない「しし」の横顔

獅子舞をよく見ると、意外とひょうきんな顔をしていたり、舞の途中で急にかゆがったり、居眠りをしたりする演出があったりします。

神聖な神様なのに、どこか人間臭い。

この「完璧じゃないけれど、一生懸命」な姿が、日本人が長年この芸能を愛し続けてきた一番の理由なのかもしれません。

結びに:あなたの街で、どんな「しし」が踊っていますか?

「獅子舞」と「しし舞」。

漢字で書くか、ひらがなで書くか。たったそれだけの違いの中に、海を越えてきた強さへの憧れと、足元の山々に抱かれた命への感謝という、日本の二つの心が同居していました。

皆さんの住む街や、ご実家の近くで踊る「しし」は、どちらの系譜でしょうか。
次にその舞を目にするときは、ぜひその耳や目、そして足運びをじっくり観察してみてください。

黄金の鬣(たてがみ)の中に、遠いシルクロードの砂漠が見えるかもしれません。
あるいは、黒い毛並みの中に、深い雪に閉ざされた東北の山々が見えるかもしれません。

どちらの「しし」も、あなたが今年一年を健やかに、そして豊かに過ごせるようにと、力強く、優しく、大地を蹴って踊っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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